札幌高等裁判所 昭和36年(ネ)201号 判決 1967年2月28日
控訴人
空知商工信用組合
右代表者代表理事
美濃部忠良
右訴訟代理人
上田保
被控訴人(脱退)
日置謁次
参加人
ヒオキボード工業株式会社
右代表者
日置謁次
右訴訟代理人
山本隼雄
主文
参加人の請求をいずれも棄却する。
参加人と控訴人との間に生じた訴訟費用は参加人の負担とする。
事実
参加人訴訟代理人は「控訴人は参加人に対し金二五〇万円およびうち金一〇〇万円に対する昭和三四年一二月二六日から、うち金一五〇万円に対する昭和三五年一月三一日から、それぞれ支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、控訴代理人は「参加人の請求を棄却する。」との判決を求めた。
各当事者の事実上の主張および証拠の関係は、左記のほかは原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する<中略>
参加人訴訟代理人は、被控訴人が本件(イ)、(ロ)の各手形を満期に支払場所に呈示したとの点を除き、原判決事実摘示の被控訴人の主張と同一に請求の原因たる事実上の主張ならびに控訴人の抗弁に対する答弁をなし、なお「本件(イ)の約束手形は、被裏書人たる被控訴人が昭和三四年一〇月二〇日訴外株式会社北海道相互銀行に裏書譲渡し、右訴外銀行において満期に支払場所に呈示したが、その支払を拒絶されたところ、右訴外銀行は満期後の昭和三五年一月二〇日右手形を被控訴人に戻裏書し、被控訴人は昭和三六年一〇月二日参加人に右手形を裏書譲渡し、参加人は現に右手形の所持人である。本件(ロ)の約束手形は被裏書人たる被控訴人が昭和三四年一〇月二九日訴外株式会社北洋相互銀行に裏書譲渡し、右訴外銀行において満期に支払場所に呈示したが、その支払を拒絶されたところ、右訴外銀行は満期後の昭和三五年二月六日右手形を被控訴人に戻裏書し、被控訴人は昭和三六年一〇月二日参加人に右手形を裏書譲渡し、参加人は現に右手形の所持人である。本件(ハ)の約束手形は満期当時の所持人である被控訴人において満期に支払場所に呈示したが、その支払を拒絶されたところ、被控訴人は満期後の昭和三六年一〇月二日右手形を参加人に裏書譲渡し、参加人は現に右手形の所持人である。なお被控訴人は参加人会社の代表取締役であるが、右各手形の参加人への裏書譲渡については、取締役会の承認があつたものである。」と述べた。<中略>
控訴代理人は「参加人が本件(イ)(ロ)(ハ)の各約束手形を被控訴人から裏書譲渡を受けたこと、右裏書譲渡につき参加人会社の取締役会の承認があつたことは認めるが、右は満期後の裏書であるから、控訴人は被控訴人に対する抗弁をもつて参加人に対抗し得るものである。なお控訴組合は中小企業等協同組合法にもとづく信用協同組合である。」と述べた<中略>
被控訴人は控訴人の承諾を得て本訴訟から脱退した。
<証拠関係省略>
理由
<証拠省略>によれば、控訴組合峯延営業所営業所長石川登吉および訴外(一審被告)渡辺栄作両名の共同振出にかかる原判決添付目録記載(イ)、(ロ)、(ハ)の約束手形三通を参加人が所持していること、右各約束手形については、それぞれ受取人から参加人まで参加人主張のような連続した裏書の記載があること、(イ)、(ロ)の手形については、それぞれ満期当時の所持人であつた持式会社北海道相互銀行および株式会社北洋相互銀行から支払場所に呈示したところ、支払を拒絶されたこと、(ハ)の手形については満期当時の所持人であつた被控訴人から株式会社富士銀行、株式会社北海道銀行に順次取立委任裏書がなされ、被取立委任銀行から支払場所に呈示したところ、支払を拒絶されたこと、が認められ、右各手形の参加人への裏書は、いずれも満期後支払拒絶証書作成期間経過後になされたものであることは当事者間に争いがない。
しかして昭和三四年当時、石川登吉が控訴組合峰延営業所の営業所長であつたことは当事者間に争いがないところ、本件各手形の「空知商工信用組合峰延営業所営業所長石川登吉」なる振出人の表示は、控訴組合のために手形行為の代理がなされたことの表示として十分である。しかしながら、<証拠省略>を総合すれば、営業所長たる石川登吉は控訴組合を代理して約束手形を振出す権限を有していなかつたことが認められる。
参加人は、本件各手形振出の当時、控訴組合の峰延営業所は実質的に控訴組合の支店であり、その営業の主任者たることを示すべき名称を付した使用人たる石川登吉は商法第四二条にいう表見支配人に当り、同人がなした本件各手形の振出行為の効果は控訴組合に及ぶと主張するところ、本件口頭弁論の全趣旨によれば、控訴組合は中小企業等協同組合法にもとづく信用協同組合であることが認められ、同法第四四条は同法にもとづく組合の参事につき商法第四二条の規定を準用しているから、右主張は石川登吉が前記法条の表見参事に当るとの主張と解される。しかして<証拠省略>によれば、右峰延営業所は控訴組合の「従たる事務所」として登記されていることが認められるが、同法にいう「従たる事務所」とは、同法第四四条等の法意に照らせば、商法第四二条にいう支店が、名称のいかんを問わず支店の実質を備えることを要するのと同様、一定の範囲内において主たる事務所から離れて独自に当該協同組合の事業に属する取引を決定施行し得る組織の実体を有することを要するものと解するのが相当であつて、単に主たる事務所の指揮命令に従い、機械的取引をするにすぎないものは従たる事務所であるということはできず、右のような登記が存することから直ちに同法上の従たる事務所の実質が存するものとすることはできない(中小企業等協同組合法にもとづく登記は商業登記ではないから、これにつき商法第一四条の適用がないことはもとよりである。<証拠省略>を総合すれば、控訴組合は美唄市内には我路に営業所長ほか六名の事務員を配置し従たる事務所としての実体を有する我路営業所があり、峰延営業所には嘱託の身分である営業所石川登吉のほか事務員二名が配置されているだけで本店営業部の所管に属し、主たる事務所の指揮命令に従い美唄市字峰延一円における控訴組合の預金の受払事務を行なうのみで、貸付については同営業所を経由する場合でも主たる事務所において決定施行され、什器備品等の購入も一、〇〇〇円以内のものについて営業所長に支出が認められているにすぎないことが認められ、前記のとおり営業所長には手形振出の権限も与えられていないのであるから、右認定の事実からは同営業所が同法上の「従たる事務所」にあたると解する余地はないし、他にこの点に関する参加人の主張事実を認めるに足りる証拠は存在しない。よつて本件各手形振出の効力が控訴組合に及ぶこととを前提として控訴人に対し手形金の支払を求める参加人の主たる請求は、爾余の点について判断するまでもなく失当である。
次に参加人の予備的請求について判断する。
参加人は、石川登吉が控訴組合峰延営業所長として本件各手形を振出した行為は控訴組合の事業の執行につきなされたものであり、また、昭和三四年一〇月二二日株式会社北海道相互銀行帯広支店から本件手形の一部について信用調査があつた際、あたかも信用があるかの如き報告をなしたことも同じく事業の執行につきなされたものであつて、その結果参加人は控訴組合が当然右各手形の支払をなすべきものと誤信して裏書譲渡を受けたものであるから、石川の使用者である控訴組合は、これによつて参加人の蒙つた損害を賠償すべき義務があると主張する。
控訴組合峰延営業所長たる石川登吉が、控訴組合を代理して約束手形を振出す権限を有していなかつたにも拘わらず、訴外渡辺栄作と共同して、本件各約束手形を振出したことは前段認定のとおりであり、<証拠省略>を総合すると、石川は昭和三四年一〇月二二日株式会社北海道相互銀行帯広支店長から控訴組合峰延営業所あてになされた、本件(イ)の手形と同時に振出された約束手形に関する信用調査に対し、手形決済の見込懸念なしとする回答を同営業所名議をもつてなしたことが認められる。
しかしながら<証拠省略>を総合すると、次の各事実を認めることができる。
(一) 昭和三四年一〇月中旬頃訴外内田忠は石坂栄吉を介して訴外(一審被告)渡辺栄作に対し、帯広財務局から広尾町所在の山林立木約二万七、〇〇〇石を代金二五〇万円で払下げを受けられることになつているが、右立木は同財務局に払下代金を納入すれば同月二六日までに確実に引渡しを受けられるから、渡辺が資金を作つてくれるなら共同の事業としてこれを買い受け造材して利益を得ようと申し向けたところ、渡辺はかねてより親密の間柄である石川登吉に依頼すれば控訴組合の手形保証が得られるから、その手形の割引を得て資金に充てることができるとしてこれに応じた。
(二) そこで同月二〇日右内田および石坂栄吉は右取引のため渡辺の住所地である美唄市峰延に赴いたが、脱退被控訴人日置謁次(参加人会社代表取締役)は内田の義弟にあたり、かねて同業者として木材の取引もあつて懇意の関係にあり(本件手形振出の直後内田が設立した有限会社内田木材の取締役に就任)かつ右払下木材の製材を引き受ける関係もあつたので内田と同行した。そして右三名は渡辺と共に控訴組合峰延営業所を訪ねたところ、石川登吉は右営業所の近くの料理店峰月に同人らを案内して応待した。同所において内田は、前記帯広財務局からの立木の払下げが確実なものであり、これによつて相当の利益を挙げ得る理由を説明したうえ、渡辺と共に石川に対し、右払下げを受けるための資金を得る必要上、控訴組合の峰延営業所長名義をもつて約束手形を振出してくれるよう要求し、石川が営業所長として手形を振出す権限がなく、左様なことをして知れたら自分が大変なことになるからできないとして拒絶したのに対し、その手形は右立木払下げによる利益をもつて期日に必ず内田および渡辺において決済し、控訴組合には決して迷惑をかけないと述べて遂にこれを承諾させた。
(三) かくて即日同所において、有限会社内田木材社長内田忠を売主、渡辺栄作を買主とし、目的物は前掲帯広財務局所有の立木二万七、〇〇〇石、代金二五〇万円、受渡期限同月二六日とする売買契約書が作成され(石川は立会人としてこれに署名押印した。)、渡辺および石川は本件(イ)の約束手形およびこれとは別に各金額一〇〇万円、受取人内田木材、その他の手形要件は支払期日を除き(イ)と同じの、手形番号五二号(支払期日昭和三五年二月一五日)、同五三号(支払期日昭和三五年一日二〇日)の約束手形二通、額面合計三〇〇万円を振出して内田に交付した。その際、右手形の割引により内田が金融を得た場合、売買代金を超過する五〇万円は内田から渡辺に交付し、渡辺において使用し得る旨の約定がなされた。なお日置謁次は料理店峰月における右売買契約および手形振出の交渉に終始同席していた。
(四) 内田は右五二号と五三号の約束手形を株式会社北海道相互銀行帯広支店に持参して割引を求めたところ、五二号の手形は支払期日が長期のため割引困難であると返戻され、五三号の手形については信用調査のうえ確実なものであるなら割引に応ずるが、現金は差当り五〇万円のみしか交付できないということであつた(そして同銀行は右五三号の手形につき前認定のとおり控訴組合峰延営業所に信用調査の照会をなし、懸念なしとの回答を得たので割引に応ずることとした)。そこで内田は石川に電話して、払下を受ける山林の面積が増大して代金の額が五〇万円増えたから、前同様の額面五〇万円の約束手形を別に振出して貰いたいと申し入れ、同月二六日前記石坂栄吉を使者として石川のもとに赴かしめ、前に振出して貰つた五二号の約束手形は支払期日が長期にわたり銀行の割引が困難であるから支払期日を昭和三四年一月二〇日頃に書き替えて貰いたいと要求した。かくて石川はこれに応じ右五二号の手形の返戻を受けるとともに本件(ロ)、(ハ)の各約束手形を振出し(渡辺栄作の関係部分は署名代理により、その名下の印は渡辺から預かつていた同人の印を押捺した)、石坂を通じて内田に交付した。
(五) 本件(イ)の手形は同年一〇月二六日有限会社内田木材社長内田忠から被控訴人日置謁次に裏書譲渡され、同日日置において株式会社北海道相互銀行帯広支店に裏書して割引を受け、本件(ロ)の手形は同月二九日内田忠から被控訴人日置謁次に裏書譲渡され、同日日置において株式会社北洋相互銀行帯広支店に裏書して割引を受け、本件(ハ)の手形は同月二六日内田忠から日置木材有限会社取締役社長日置謁次に裏書譲渡された。
以上の各事実が認められる<排斥証拠省略>
右認定の事実によれば、石川登吉が控訴組合の峰延営業所所長として本件各手形に振出人としての署名をしたこと及び銀行からの信用調査に対し懸念なしとの回答をしたことは、本来手形振出の権限がないにも拘わらず、権限にもとづいて正当に振出されたものであるような外形を作出し、受取人たる内田に控訴組合の信用を利用して右手形の割引による金融を得させる目的で、内田と意思を通じ控訴組合の代理人資格を冒用してなしたものであるというべく、このこと及び石川にはそもそも控訴組合を代理して約束手形を振出す権限のなかつたことは、右手形振出の際終始同席していた日置謁次においても十分に承知していたものといわなければならない。参加人会社は日置から本件各手形の裏書譲渡を受けたものであるが、同人は参加人会社の代表取締役であるばかりでなく右裏書譲渡は期限後しかも本訴提起後になされたものであるから、参加人会社もまた前記事実を知つて本件手形を取得したものというを妨げない。
そうだとすれば石川のなした本件各手形の振出行為及び信用調査に対する回答が外形上金融機関である控訴組合の事業の執行につきなされたものと認められるにしても、民法第七一五条は上記認定のように被用者の権限外の行為であることにつき悪意の第三者までも保護する趣旨と解することはできず本件各手形の裏書譲渡を受けたことによつて参加人が損害を被つたとしても、それは自ら招した損害であるというべく、民法第七一五条に基いて控訴組合に対し不法行為による損害賠償を求め得べきものではないから、参加人の予備的請求も結局理由がない。
よつて参加人の各請求はいずれも失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。(杉山孝 田中恒朗 島田礼介)